今日の新聞記事に思う事…(長文注意)
我が家は中日新聞を契約している。
今日の新聞に12/6に掲載されたある中学1年生女子へのいじめ告白へのその後が載っていた。
正直、12/6に少女が告白した事で市民や教育委員会、学校などが動いてくれて、クラスの雰囲気がかわり、PTSDにまでなった少女が少しでも「良かった」と思えたことは、嬉しく思ったと同時に少女の勇気に胸が熱く・痛くなった。
しかし、その記事を読んだ人の感想を読むにつれて「頑張って」という言葉は少なからず少女にとって気遣いの刃にならなければよいが…と心配にもなっている。
少女は本当に頑張っている。
スカーフで首を絞められたり、蹴られたり、死ねと書かれたりしてるのに毎日学校に行っている。
それだけでも多分、少女は必死に自分と闘っているんだと思うんだよね。
だから、私も頑張ってと言いたいけど、これ以上は言えない。
頑張って頑張って、それでも無理なら、少し休もうよって言いたい。甘いかな?
娘の中学校でも当然いじめがある。
先日「いじめアンケート」なるものが、生徒には「記名」で、保護者には「無記名」で配られた。
我が家は娘と結構学校の事を話すので、誰がクラスでいじめの対象になっているのか知っている。だから、その事実は書いたし、聞いたことなど、先生方と会う機会があるとそれとなく伝えてもいる。(今年・来年はPTA理事なので学校に行くことが多い)
しかし、娘にどうアンケートに答えたのか聞いてみた。
「記名だから書けないよ。。。私、ズルいよね。」
そんな娘に向かって「あなたはズルい人間だ」とは言えない。
もしもそこにこと細かに書いてしまったら、今度は娘がいじめの対象になる可能性がある。これが現実。
本当は勇気を出して書いてほしかった。これも本音。
だけど、自分の娘を守りたい。これも本音。
そのアンケートの回答結果が昨日配られた。どの学年も子供の回答で「いじめを知っている」は2~3名。
保護者の「いじめを知っている」はその倍以上。但し、学年を上がるにつれその数は減っていて3年生は0名。
3年生になると会話も少なくなるのかな?
しかし、悠長な事は言ってられない事態が先日おきた。
娘の学年の他クラスでいじめられていた女子生徒が3階窓から発作的に飛び降りようとした。
傍にいたクラスメートが必至で抱きついて窓から引き離すと今度は自分の持っていたカッターナイフで手首を切ろうとした。
それもクラスメートが叩き落とした。
その子の救いはある一部の子からのいじめだったので、他の子とは仲良くしていること。
だから、学校でもまだ笑顔でいられたのだが、きっとその時は自分で自分を制御できなかったんだろうと思う。
毎日必至で学校に来てるんだよね、きっと。。。
他人の子でもその話を聞いて心が痛むのに、もしも自分の子がと思ったら…考えるだけで恐ろしくなる。
当然、私も先日の理事会でその話はしてきたが、学校側は「アンケートもとったし、対策はしています」とのこと。。。これが現実。いじめは過去・現在・未来永劫無くならない。
だから、今日の新聞を読んで、頑張って欲しい気持ちと頑張らないでという気持ちが同じくらいの重さで湧き上がった。
いじめはいじめた側の人間は分からない。。。
いじめはいじめられた側の人間にしか分からない。。。
そして、いじめられた側の人間はその記憶が一生消えない傷となって残る。
娘には今日の記事も読ませて考えてもらおうと思っている。でも、私が言えることっていつもと同じことしか言えないだろうなぁ…
「いい事も悪い事も、自分に戻ってくる。だからいい種を蒔いてきれいな花を咲かせよう。」